4回の転職を経て、今の理想の仕事に辿り着いた方、のインタビュー

今日は4回の転職を経て、今の理想の仕事に辿り着いた、という方をインタビューしました。元々このインタビューを始めたのも、「やりたくない仕事をしている、そんな人に我慢しなくて良いんだよ」というメッセージを伝えたかった、という考えからスタートして、個人事業主をメインにインタビューしていましたが、こうやって転職を続けてやりたいポジションにつけた人を知っているけどインタビューしてみる?と紹介してもらったのがきっかけです。最初の転職は迷ったが、何がきっかけで転職に踏み切ったか、どうやって転職をしたかなど、参考になることがたくさんありました。

転職しようかな、と考えている方、転職活動中の方にもぜひ読んで頂きたいです。

対談はポッドキャストでも聞けます!


ではインタビュー記事をどうぞ!

1)あなたのお仕事はなんですか?

今は横浜のランドマークタワーで、世界に売られている家庭用のゲーム機のソフトウェアの開発をしています。

2)4回転職したとお聞きしましたが・・詳しく教えてください。

4回転職をして、今5社目で働いています。



<<1社目の転職とその理由>>

新卒からシステムエンジニアの会社に4年くらい勤めました。自分のプロジェクトの受注先の会社で仕事をしており、ほとんど上司がいない状態で仕事をしていたので、評価の基準が曖昧でした。


働いていた会社は成果主義ではなく、周りとのバランスが取れた、平均的な評価ばかりで、自分なりに納得できませんでした。当時、仲が良かった先輩に言われた一言「出世したかったら本社に行くしかないよ」と言われたのがきっかけで見切りをつけて転職しよう、と決めました。

最初の転職は本当に悩みました。一人で案件もこなしていたので、仕事はそこそこ出来るだろうと考えていましたが、果たしてこのスキルが外に通じるのか、不安でした。

でも、直接お客さんと仕事をしていたので、彼らが支払っている金額(サービス料)と自分の給料が折り合っていない事も気になり、転職活動に踏み切りました。


<<2社目は色々と上手くいっていたが>>

転職する会社は案外すんなり決まって、メーカーのソフトウエア部門に入りました。そこに決めた理由は、世の中に自分が作った商品が並ぶ、というのが夢で入ったんですが、入ってみたら研究開発部門に入ってしまったため、実際に作った物が商品化するのに時間がかかってしまいました。


当時、開発していたのは、スマホのカメラにつく4Kと呼ばれる、カメラを高画質にとれるオートフォーカスのレンズ部分です。その研究開発を4−5年やりました。

レンズ部分のハードウエア(センサー)から作り始めていたので、苦労しました。

時間的には結構自由な会社で、やること終えたら、長時間拘束される、という事はありませんでした。

この2社目を転職した理由は、会社の合併で工場がなくなるので、勤務場所が変わってしまったからです。そのまま続けるか、会社の先輩たちが立ち上げた別会社に誘われたので、早期退職に応募して、小さなスタートアップの会社に転職しました。



<<3社目でプチ“ブラック企業”を経験>>

3社目の会社の仕事内容は良かったんですが、誘ってくれた先輩が仕事丸投げしてきて帰ってしまうので、自分の負荷がどんどん大きくなっていく感じがありました。一人で仕事をしているので、相談するにも先輩がもう帰ってしまっていて、どんどん仕事が溜まってしまって、毎日残業していました。納品の前は終電で帰るのが当たり前になっていくので、プログラミング自体は好きだけれども、仕事がどんどん楽しくなくなってしまって、「もうSEやめようかな」と考え始めました。

そして再度、転職を決めました。


<<4社目、昔からの夢を追う>>


ずっとやりたかった仕事、教員という道を選びました。

人に教えのは好きだし、ある程度分かりやすく伝えられる自信もあったので。

自分が卒業した専門学校では卒業生が教員をすることもあったので、いつかチャンスがあればやりたいなーと思っていましたが、この時期に東京校で教員を募集している案内を見つけたので、恩師の先生や、知り合いに連絡せずに「採用募集」のサイトから応募しました。

実際に面接に行った時にはバレていましたが。笑

そんな経緯で、32歳で先生になりました。

勤務時間はSEやっていた時よりも増え、給料は減りました。睡眠時間も削って、ゲーム開発のプログラム作りたい生徒の為に休日も学校を開けてあげたりしていました。代々木体育館でやる大きなイベントの学生スタッフの育成など、SEの時はあまり人と話すことが少なかったので、沢山の学生と交流できたのが楽しかったです。

教員を辞めた理由が、自分の教えたい、教育の理想、と経営の現実とのギャップが出てきたからです。例えばやりたい事を見つけた生徒に、専門学校を退学したい、と言われて、彼の為を思えばもちろん退学させて好きなことを突き進めて欲しいと思っていても、経営の立場から見ると、生徒に辞めてもらっては困ります。教員としての評価は、進級する生徒が多ければ多いほど上がります。

退学したい生徒の為を思えば、教員としての理想は退学させた方が、生徒は幸せだけれども、それによって自分の評価が下がってしまうのは 納得できませんでした。

同じようなタイミングで、とても期待していた学生が卒業し、希望していた会社に就職できて、一区切りついたタイミングで、自分のやる事は成し遂げた、と思いまた転職に踏み出しました。体力的にも40手前で落ちているし、あと20年以上続ける自信がなかったのも理由です。



<<5社目で理想の企業に出会う>>

今回は転職の方法をガラリと変えました。

今までは受けても2社くらいでしたが、今回は10社以上面接に行きました。とことん自分にあった会社を探す為です。もちろんバッサリ不合格になったりもしましたよ。

先生を続けながら、土日に転職活動していました。

4社くらい内定をもらっていた会社の中から決めかけていて、最後に面接に行った一社は「記念受験」の気持ちでした。横浜のランドマークタワーにオフィスがあるので、休みの日に景色を見て遊びに行く、ついでに、面接に行った会社がものすごく良くて・・・。

社長自ら、会社の説明や、成り立ちなど丁寧に説明してもらって、面接の質問も、自分の過去の経歴を聞くわけでなく、「我が社に入って何がやりたいですか?」と未来志向だった点に心を奪われましたね。

その場で、年収の交渉までして、帰りの電車のなかでこの会社にしよう、と決めました。

今まではそれより前に転職を決めてしまっていたから、もっとたくさんの会社と面接をすることでこうやって自分にぴったりの会社に巡り合うことが出来たのかなと思います。

3)若い頃の自分にアドバイスするとしたら

社会人はじめてすぐの時には、社内にしか目を向けておらず、もっと外に目を向けてチャレンジすればよかったな、って思います。

例えば会社の中の先輩や、職場に対しての憧れ、だけではなく、

「外の世界」例えば他の会社でやっているプロジェクトや外部の人の活躍に目を向けることが出来たのかなって。


今は特にSNSで世界が繋がっているので、簡単に人脈を広げることもできますし、こういったツールを生かしてたくさん吸収できると思います。

今の会社に入って、「成果主義」という言葉がようやくしっくりきました。

リモートワークになってから、週に一回の会議がありますが、皆さんカメラオフなので、チームリーダーの顔も一年近く見ていない状態です。

でもプロジェクトがきちんと進む、今までは会社にいなきゃ仕事が進まないとか、きっちり決める必要があったと思っていましたが、そういった概念が崩れましたね。

4)座右の銘はなんですか?

「苦難は乗り越えられる人にしか訪れない」

難しいな、大変だな、って思うことって誰にでもあると思うんですが、振られる仕事も振った人はできると思って振っているから乗り越えられる。

2つ目はX JAPANのHIDEが大好きで。彼が言っていた言葉が

「死ぬ気でやれよ、死なねぇから」

(→この間、腹筋している時にへこたれそうになった時に思い出しました。)


インタビューは以上です!

「好きな事を仕事にしている人」のインタビュー人数が19人になりました!最初の目標が20人だったのでそれが達成できそうでなんだか嬉しい自分がいます。区切りとして、20人分の回答をまた編集して一つの記事に仕上げたいと思っています。


過去のインタビュー記事はこちら

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